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2012年5月 6日 (日)

文化的なことであるからこそ。

ちょっとだけ降りてきた。私が派手なイベント事を100%評価しないのは、やってそれで満足してしまう罠(やりっ放し)に陥りやすいと思うから。良いイベントを開催して、運営者・観客の満足感があって、参加者の経験値が上がった良かったという体験や共感のは大切。個人個人の宝になる。
経験値の上がった個人個人がそれぞれのフィールドで活躍する素地にはなるとしたら、それはとても良いこと。でも、そこだけで終わると当該イベントが醸成するであろう風土や文化にはならない気がするの。イベントをやった時は盛り上がり、やる度に盛り上がり、だけど土壌は消耗する。
土壌を豊かにしていくためには、記録や保存、そしてそれを次に効果的・効率的に使って醸していく理論や技術が必要なんじゃないかと。テクノロジーとエンジニアリングとマネージメント。文化的なことであるからこそ。今日はここまで。

メモ:オタク、道楽者、数奇者、傾奇者、婆娑羅

2012年1月 2日 (月)

2012初夢記録

大学時代からずっと同人誌を作ってコミケ参加している友人のオリジナル漫画(ただし、とある漫画家へのリスペクト作品で何年か前に描いたもの)がインディーズアニメーションになり、上映会に招待されたというので付いて行った。

会場は地方の古くからあるナントカ会館で3階建てで、ホールは最上階にあり、蔦の絡まる外階段(石段)を登って行く。
入口から入ると、これまたクラシカルな内装の小さな劇場。会場では、パンフレットだけじゃなく、様々なグッズまで作って売る懲りよう。これはやるな!というところで目が醒めた。

2011年10月31日 (月)

ボランティアというのは

ある事柄において何か足りないものがあって、それを補う何かを自分が投入できる状態を言うのだと思う。

何か、とは、金であったり物であったり労働であったり知識であったり時間であったり気持ちであったり。
ただ、どれかひとつを持っているだけでは投入に至らないことが多いかも。

迷ったときには自分の手札を見直してみる。揃ってない札を場に投入しても、自分の資源を消耗させるだけだし、たぶん役に立たない。そういうちぐはぐが重なっていくと世の中を疲弊させるんじゃないか。

緊急時とそうでない時の違いはあれど、悩み続けてしまうようならたぶん緊急の時は過ぎている。
今はむやみやたらに動くよりも手札を揃えることに力を注ぐ方が、明日や未来を作っていくかもしれない。考えよう。
できないことを無理にはしない。当たり前っちゃー当たり前なんだが。そして、これって自分の仕事の基本スタンスでもあったはずなんだが。

それと、原則として本業優先。ボランティアで本業がおろそかになっちゃあホンマツテントウ虫。

そんなことをかんがえた、ハロウィンの朝。

2011年10月30日 (日)

リアリティとは

現実をそのまま、実物と紛うばかりに描くことではなくて、それはありそうと思わせる力量なのではないかと思う。

2011年10月23日 (日)

装甲騎兵ボトムズ最新作登場記念15時間スペシャルっ!!

ダンナがなにげにWOWOWつけていて、偶然に実写映画版「ヤッターマン」観れた。すげー面白かった。エンディングロールで席を立つと損する作りが一番笑えた。さすが三池監督というべきか。

WOWOWといえば、今日23日深夜~30日深夜にかけて、「装甲騎兵ボトムズ 最新作登場記念15時間スペシャル」が放映されるのだ!しかも作品世界の時系列順!HDDを空けて全部録画予約だ!
WOWOWの「装甲騎兵ボトムズ」作品世界時系列順一挙放映は、1980年代のサンライズ系ロボットアニメが好きな人は絶対見るべき番組!ガンダムとは違う、高橋良輔監督の世界がありますぜ。私は当時、理想の女性像はフィアナ(ファンタム・レディ)と豪語しておったくらいです。

よっしゃテンションが上がってきたぞー。ここんとこずっと落ちてたやる気ちゃんも顔をのぞかせてくれるかなっと。

2011年10月22日 (土)

イベント満載な週末に思うこと。三方よし?

昼頃、ドシャーな音が3回鳴って静かになったんですが。土砂降りだったのか?(その時、外が見えなかったのです)今日の広島はいろいろイベントあるのに大丈夫かと思ってしまいました。

映画『サルベージ・マイス』広島先行上映・初日舞台挨拶、ロケ地巡りツアー
奥田民生ひとり股旅スペシャル@嚴島神社
●戦国cafe『侍』@東広島・賀茂鶴一号蔵(酒蔵)

それにしても、地域振興のようなものをやってて資料作成に追われ地域イベントに行けないって、なんつう本末転倒。そいえば、NHK教育テレビ「シャキーン」のホンマツテントウ虫がめっちゃ面白いらしい。アニメーションは水江未来さん。

『サルベージ・マイス』初日舞台挨拶は、今日・明日で広島市、東広島市、福山市の全ての上映館を回るみたい。UST中継もあり。舞台裏トークがなかなか楽しい。長田くんオチャメだなぁ。駅伝くんのマジメな印象ばかりだったけど、いろんな顔がありそう。

夕方のNHK広島ローカルで東広島の戦国カフェ侍@酒蔵のニュース。
来店すると「いらっしゃいませ、殿」、注文すると「この前田慶次、命をかけてご注文をお届けします」とか言われるらしい。東広島の演劇集団・芝居空間侍エレクトリカルパレードが出演・協力なので演技力抜群。

戦国カフェのニュース見ていてなにげに思った。
「win-winの関係」て何か欠落してる気がしてたけど“場”の存在を無視してるんかなと。戦国カフェがどの発想から始まった企画か不明だが、発信者(劇団)が居て受信者(観客)が居る時に、場つまり劇場(今回は酒蔵)の意味って意外と忘れられがち。
映画館やアニメーションフェスティバル、単なる会場ってくらいにしか思われないところはある。そうでない場もあるし、そう思わない人も居るんだろうけど。むー、まとまらない。

見方を変えると、発信者(劇団、作品制作者)が居て、場(劇場、映画館、あるいは広い意味での流通)が有って、受信者(観客)の存在が薄ボンヤリと見えてないとか。相手を見つめて物事を進めるのは大切だが、そこばかり見ると足下を支えているものや周囲を見落とすこともになる。
あとは個人個人が、自分が誰なのか(どこに属する者なのか)と思うかってとこ。一般個人はふつうは受信者だけど、発信者にも流通者にもなれる時代。発信者や流通者も実はどうなん?
うーん、もやもや。

二者でなくて三者といえば、ここんとこずっと思ってることに、「労働」「仕事」「活動」のバランス。食うためにすること、生きるためにすること、暮らすためにすること…って感じかな。ひとつひとつが適切な単語かもまだ自分の中に落ちてないのだけど。そして、それらは別物ではなくて…。
これもまた、もやもや。
ぶっちゃけ、食えてねーよってことなんですがね。hahaha...

2011年10月13日 (木)

パトロンとスポンサーについて

【ブックマーク】加藤秀俊データベース http://homepage3.nifty.com/katodb/
【ブックマーク】「KATOHDB: パトロン対スポンサー」 http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/2768.html
【ブックマーク】「KATODB: 文化とパトロン」 http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/3089.html

2011年9月28日 (水)

「マイマイ新子と千年の魔法」と「たまゆら」を地域振興事例として比較する

ってことをすると面白いんじゃないかという気がしています。

あとで書く

2011年8月29日 (月)

伝わることの難しさと

朝日新聞記者・丹治吉順(朝P)氏のツイートを公式RT

RT @Tristan_Tristan: 「マスに向けた発信」って、何年やっても難しい。一番難しいのは、文脈レベルで共有されていないものを伝えること。知識がなければ深みは出ないが、浸り過ぎては内輪受けにしかならない。その両方の視点を持ち続けないと。

RT @Tristan_Tristan: だから、文脈が社会全般に共有されていない現象を伝えるとき、大衆レベルでわかりやすい文脈に勝手に置き換える誘惑は強いし、一方逆にそれに反発しすぎて一部にしか通じない文脈に固執し、結果的に何も伝えられなかいという罠もある。

人は自分が理解したいようにしか理解しないのだろう。悪気があるとかじゃなくて人間個々にものの考え方には違いがあるからね。それは止むを得ないのだが、ああ、どうしてそのように受け取るんだろうと嘆息することはある。このツイートの前の公式RTはそれを解決するヒントかもなものです。
できるだけ伝わるように発信する努力は必須だけど、全ての人に伝わるとは思ってない。それはとても難しいし、受け取り側にも理解の自由はある。発信側の体力・気力・コストの問題もある。受け取り側も人間だが、発信側も人間なのだよね。

当面は体調管理(治療)優先で暮らしつつ、準備中のプロジェクトの「基本のき」をしっかり考えることにしようと思う。すぐすぐ何をしないといけないってことはないけど、立ち位置や理念をきちんと押さえておかないとね。

ボランティアベースの活動って「お金が掛からない」と考える人がたくさん居て、まさか霞を食ってやれよとは思ってないんだろうが、参加者それぞれに何か得るものが無いと続かない。金が必要な人には金、経験を積みたい人には経験、成果・実績が欲しい人には成果・実績を。知恵を絞らないと。
我が社の金庫を守れずして、地球の幸せを守れるんだろうか、と考えることがある。アート系のマネージメントってそういうところあるんじゃないかなぁ。言い過ぎ?的外れ?

と、いろいろ悩んで大きくなりたいところです。みーんな悩んで大きくなった。←おめー、もう育たねーよというツッコミはご遠慮くださいσ(^◇^;)

2011年7月16日 (土)

ジブリアニメ『ゲド戦記』

金曜ロードショーで放送されたジブリ『ゲド戦記』を見ながら、そして鑑賞後にツイートした内容をまとめてみた。
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今朝この夏はじめて蝉の声を聞いた。朝早く蝉の声で起こされて、窓から入る風はまだ北風で涼しかったから二度寝した。なんか幸せな朝だったな。起きたら昼で暑くて蝉も鳴いてなかったけど。

『ゲド戦記』は劇場公開時には見てなかったので、いちおう見まする。なんで見てなかったかなーと思ったら、二度目の膝の手術をして退院した後の夏だな。アニフェスもあったから、そっち優先にしたような。たぶん劇場の人ごみが怖かったんだと思う。アニフェスも人は多いけど、参加者がみんな慣れてるから普通の劇場のように怖くない。
そいえば、2006年のアニフェスは8月下旬開催だったな(自分のブログで確認)。8月7日~の日程になったのは2008年からだったか。来年はまた8月下旬開催に戻る訳だが。

ゲド戦記と聞くと平成ガメラ2を思い出すのは私だけだろうか? 「お酒は『ゲド戦記』の裏…」ってやつね。ちなみに同じ本棚に『アロイス』のコミックスもあったような気がする。

『ゲド戦記』が酷評されるのは、たぶん「なんとなく宮崎っぽいアニメ」っていう微妙感が許せないんだろうな。逆にいえば、古今の宮崎アニメの画面・表現テイストをよくここまで突っ込んだなーという感もあるよ。東映動画時代(ホルスとか)っぽい画面もあるね。そういう意味では、子供の頃から父の仕事をよく見てたんだろうなとも感じましたが。いや、しかし、実際、これは本当に作るの精神的に大変だったろう。
それにしても作画協力のラインナップがぱねぇ。竜の子プロダクション、マッドハウス、ガイナックス、ゴンゾ、プロダクションIG…。

さて、放映終了。つまらんつまらんと言われてたので冷静に観ることができて良かった。とても興味深かった。宮崎吾朗という人は才能というかセンスある人だと思う。ただし、そもそも景観設計家なのであって、緑や建物の描画センスはあっても動きを旨とするアニメーションの監督としては素人のはず。
本来、『ゲド戦記』ほどの作品をアニメ化するなら、監督すべきは宮崎駿では?そこをあえて吾朗氏に監督させざるをえなかったジブリの構造的欠陥こそ非難されるべきで、吾朗氏だけがボコにされるのはどうにも違和感がある。もちろん監督は作品の全ての責任を負うので叩かれるのは止むを得ないが。
ジブリは宮崎駿だけで成り立っている状態を続けてきて生え抜きの後継がいないから、興行的に付加価値のある息子・吾朗氏を立てざるを得ないというか…(近藤嘉文さんが亡くなったのが痛過ぎだろうなと思いつつ)。経験の無い新人監督なんだから、大目にみてやれよと思った。

1800円払って劇場で見ていたら怒ったとは思うけど、宮崎駿テイストを表現するぞ感があって(もちろん表現レベルとしては残念)、微笑ましかったですよ。宮崎アニメ好きの新人監督が作ったと思えば腹も立たない。ただ、いかんせん吾朗氏だったというのが問題。
『ゲド戦記』の失敗は、制作会社ジブリのビジネスとしての失敗なんだと思うんだ。素人考えだが、駿氏がハウルにかかりっきりで対応できないなら、先延ばしすれば良かったんだ。吾朗ちゃんはもう頭を金髪にして「グリーンヴィジュアリスト」とか名乗ってアニメから手を引いていいよ。…ていうのは冗談ですが(ヴィジュアリストの人にも失礼です)、それでもなお、『コクリコ坂から』でまた監督をしようというところに、吾朗氏のジブリという存在に対する決意のようなものを感じるのです。本当は、作品の良し悪しだけで評価すべきとは思いつつ。

まぁ、こういうことは上映当時にも言われてたんじゃないかとは思うんだがな。

とりあえず『ゲド戦記』(原作)は読み直さないとなー。いや、アニメと原作は全くの別物だと思うよ。当然。だからこそ読む。そして、できるなら『コクリコ坂から』を見に行くんだな。宮崎駿の老害ないしジブリの大人の事情で吾朗氏を監督に立てたのか、そうであれ、吾朗氏が今回どのようであるかを。

2011年7月 9日 (土)

クールジャパンのcoolとは

数土直志さんのツイート。
http://twitter.com/sudotadashi/status/89528286379651074

本日のNHKのクールジャパン特集はキッチン用品らしい・・・たぶん「クールジャパン」はグローバルで使われる「cool」とは最早まったく別で、固有名詞としての「クールジャパン」。

目から鱗。なるほどなー。

"COOLJAPAN"というひとつの単語で、日本的なもの、海外から興味を持たれる日本文化、ビジネス発信すべき日本文化って意味合いか。

COOL JAPAN~発掘!かっこいいニッポン「キッチン用品」
NHK BS1 7月9日(土)18:00~
http://www.nhk.or.jp/cooljapan/

2011年7月 8日 (金)

サブカルチャー/ポップカルチャー/ハイカルチャー、カウンターカルチャー/メインカルチャー

Twitterで公式RTされてきた投稿だったか、そのリンク先だったかに書いてあったのだが、
かつてロックはカウンターカルチャーであった、そして今やメインカルチャーとなっている(音楽の一ジャンルとして確立)と。
体制というか既存のカルチャーに対して疑義や異議を、我等を認めよという発議を唱え続けた。その結果が現在にある。
マイナーからメジャーになりたいというアグレッシブな気持ち。
もちろん全てのロック、全てのミュージシャンががそうであったかは分からないが。

それに対して、サブカルチャーはそういったアグレッシブな発議を持たない気がする。
いやむしろ、そっと水面下で自らの好むものを邪魔されず愛好したいという、ささやかな気持ちに支えられた文化というのか。
だから、いつのまにか知らず、愛好の徒が増え、世の中でも存在が知られ、ポップカルチャー(ポピュラーカルチャー)になってしまうという流れ。しかし、ポップになってもメインになったかどうかは計れない。

カウンターカルチャーに対して、メインカルチャー。
サブカルチャーに対して、ポップカルチャー。
そういう捉え方で、コンテンツやオタクカルチャーを考えてみたらどうなるだろうか。
拘りすぎると危険なかほりがするがな。

一方で、所謂“アートアニメーション”(この言い方は非常に危険である)などと言われるように、ハイカルチャー的なニュアンスの捉え方もある。これは物事を考える上での用語としてはいまひとついただけない気がしてるんだが、特にアニメーションフェスティバル関連の動きをする時には、サブカルチャー/ポップカルチャー/ハイカルチャーという切り方で考えてみる必要もあるかも。

«書籍購入予定備忘(2011/4/24)

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